2017年1月12日木曜日

趣味のこと

基本的に私は多趣味である。
色んな事に興味を持ち、適度にやっては適度に飽きる。そのような楽しみ方をよくしている。

そんな中、よく続いてるなと思えるのは野球とゲームであろう。
昔からどちらも好きだった。
体を動かすのもそれなりに好きで、そんな時に野球というスポーツに出会ってから私は嵌っていったのだと思う。
とはいえ、自分に野球選手になると言えるほどのセンスがなかったと当時から気づいていた。
これをいうと「練習をしたくないことの言い訳だ」などと言われるかもしれないが、
間違いなくプロフェッショナルになるには向いていなかったのだと言える。
何故なら今でこそ手術によって治っているが、小学生の頃、私は斜視だった。
斜視とは、昔はロンパリなどと言われていた。
目がまるで顔とは違った方向を向いているからである。だからロンドンとパリを同時に見ているかのようであるためロンパリ。
まあ日本から見ればほとんど同じ方向ではあるとは思うが。
閑話休題。
斜視の問題点とは遠近感を把握する能力が低下することにある。
実際斜視だった頃は自分自身それが当たり前だったため気づいていなかったが、
本当に遠近感が掴みづらいのだ。
手術して直ってから以前自分がわかりづらかった遠くの地点との大体の距離の把握というものができるようになったと思う。
小学生といった成長期をこのように狂った感覚で過ごしていては出来るはずのこともできなくなってしまう。
そういった意味で私はセンスというものを取得できなかったと言えるのではないかとも思う。
こればかりは感覚的なものなので何とも詳しく説明することはできないのだが、
これが野球をするうえで何が問題かというとバッティングの時である。
守備の時はなんとなくでこの辺りだろうというのは掴めていたのだが、
バッティングはそうはいかない。
守備の時とは違い、格段に短い時間でどのあたりに来るかを推測してバットを振らなければならないのだが、遠近感を掴みづらい小学生の頃の私はそれを苦手としていた。
ならばどうしていたか?
セーフティバントである。
私がやっていたのは正確には野球ではなくソフトボールである。
ソフトボールは塁間がそこまで広くないため、セーフティなどの内野ゴロでもセーフになりやすいのだ。
よって私はバントや守備などといった自分にできることだけを積み重ねるしかなかったのである。
しかし、そんな私にもう一つ問題が降りかかった。
喘息発作の発症である。
小学4年生辺りの頃、自宅の前の工場が解体されることとなった。
それが原因かはわからないが、同時期に私は喘息を患うようになったのだ。
一番ひどい時期は小学6年生。
毎朝点滴をうってから学校に行く時期もあった。
それでもあまり改善が見られず、一週間ほど入院したことも。
そんなこんなで私はソフトボールや野球といった競技から離れていくこととなった。
それでも体を動かすことは相変わらず好きで、無理をしない程度にはスポーツをしていたように思う。
結局今では自分でプレイすることはあまりなくなってしまったが、野球観戦という形に変え、楽しませてもらっている。
野球に出会ったおかげで友人が増えたのもまた事実なのだ。

このように一つのことを好きでい続けられるというのは幸せなことだと私は思う。
好きでい続けられるというのは飽きが来ていないということなのだ。
飽きてしまうと人間興味を失ってしまいがちである。
そのうちに様々なことに飽きてしまうと生きることに飽きる日が来てしまうのではないかと考えたこともある。
何か一つでも夢中になるものがあるのならばそれは幸せなことなのではなかろうか。
一見それは無駄なものかもしれない。
しかし本人にとってそれが重要であり、また他人に迷惑をかけるようなことではないのなら、
無駄なことであるはずがない。
胸を張って楽しむのが一番だ。






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